2015年8月23日日曜日

ISAS/JAXA相模原キャンパス特別公開2015に行ってきた話(その2/3)

・その1からの続き~
 暑い

★移動がめんどくさい人のための斜め読みリンク★
 その1その2その3


●太陽電池パネルの話
 前の本の電池の話でも出てきたとおり、宇宙に出た人工衛星や探査体は電気で動く。
 もちろん軌道や姿勢を制御するために、燃料は積んでいるけれど、コンピュータや観測機器は、エンジンからシャフトでつながっていて回せば動くというシロモノじゃない。動かすためには電気がどうしても必要になる。 
 そのため人工衛星や探査隊には必ず電力源を積んでいる……当たり前すぎるけど、これがまた大問題。
 原子力電池などを用いる外惑星深宇宙探査体などを除けば太陽電池パネルは、人工衛星や探査隊にとって文字通りの生命線となる最重要部品の一つ。性能はもちろん、絶対に動いてくれないと困るというか、可能な限りの最高の動作しなければならないという使命がある。
 なのにこの太陽電池パネルというのは、ほとんどはまっ黒か深い藍一色で、故障してるのか不良品なのか、見た目じゃさっぱりわからない。
 さらに実際に光を当てて所定の電力が発生できたからといって、広い太陽電池パネルのすべての部分が問題なく動いているかというと、そうじゃないかもしれない。ものすごく検査しにくい。探査体や人工衛星に用いるとき、製造段階での良品不良品の検査が難しい、あるいは故障の有無がわからないのは非常に厄介な欠点なのだ。

 こうした欠点をもつ太陽電池パネルの検査に使われる方法として、「太陽電池に光ってもらう」という方法がある。
 光るのかよ!?と突っ込みを入れたくなるが、太陽電池パネルは、基本的は構造としては通電させると光るLEDをだだっ広くしたようなもの。通電させれば光るという性質があるのだ(パネルのタイプなど依るので全ての太陽電池パネルが必ず光るわけではない。要注意)。 
 で、実際の画像がこれ。

本の方では色潰れでわからないものに……

 写真に写っている黒い板の右側の二枚が、通電させて光っている太陽電池パネル。その二枚の内、左側の一枚の下の部分が光っていないが分かるだろうか。
 これは太陽電池パネルが故障して、全体に電流が流れないため、光らず真っ黒いままだったり。
 なるほど、これなら正常に動作しているかどうかは目でわかる。同じ電流を流して、パネル全体が均一に光ってくれれば故障していない、というのが目で見てすぐ分かる。
 なんとも便利な予想の斜め上の方法。知っている方には当たり前の話かもしれないのだけど、知らないとびっくりだよなぁ……ビックリした。



●宇宙素子は頑張っている
 さて、人工衛星で使われる様々な電子回路には、いつも使っている家電製品の中に入っているものと同じ民生品から、研究室の中で数個だけ作られたほぼワンオフのものまで、様々なものが用いられている。これれは予算の高い低いや、その素子に求められる様々な性能や条件によって何がどう使われるか決まるのだけど、実際の宇宙空間で使われる電子回路には、地上で使われるものとどんな違いがあるのだろう?
 これは実は回路としては、ほぼ変わりなかったり。コンピュータは命令に従って様々な判断や制御を行うし、太陽電池パネルは発電を、バッテリやコンデンサは充電をする。地上のものとの違いなんか全然ない。
 じゃあ何が違うのというと、使われる環境。当たり前と言われればそれまでだけど、宇宙空間には空気はない。引力もほぼ無い。その一方でこれでもかというほどの放射線が飛び交っている。
 まとめてみると次のようになるだろう。

・空気がない(極端に薄い)
 以前の本の熱関係の部分でも言及したけど、空気がないので、放熱が非常に厄介な問題になってくる。内部で発生する熱は、ヒートパイプなどで運べるにしても最終的には放射だけでしかできない。
 なもんで、このあたりきっちり設計しておかないと、部品が焼け焦げるとか割と多いのだとか。特にトランジスタや抵抗など、発熱しやすい部分は身長に設計する必要がある。
 また、空気が無いため温度は地上ほど安定していない。太陽光を浴びれば極端に熱くなるし(だいたい150℃)、日陰に入れば凍りつくほどに冷たい(マイナス100℃)。表面ほどではないにせよ、衛星内部でも昼と夜とで90℃ほどの温度差が出てくる。さらに昼側に居ても、影になる部分と日の当たる部分の温度差は大きい。
 これが、地球集会に合わせてだいたい90分に一回にやってくる。45分毎に昼と夜がやってくるのだ。となると使われている様々な部品が暖められたり冷やされたりする。これは材料にとっては大変な負荷になる。

・空気がないので色々蒸発する
 プラスチックやゴムといった材料は、その素材の中に可塑剤と呼ばれるものが含まれている事が多いのだけど、真空中ではこれが蒸発(揮発)してしまって「アウトガス」と呼ばれる厄介者になってくれる。どんな風に厄介かというと、色々面倒なんだけど、特に困るのが鏡やレンズといった光学部品にひっついてしまった時。地上でチリひとつどころか、細菌ほどの大きさの汚れも許さないほど磨き上げられたレンズや鏡を、丁寧に汚していってくれるのだ。こうしたアウトガスがくっついて問題になることを「コンタミネーション」と呼ぶ(生鮮食料品の加工で問題になってくるアレと同じ)。他にも、アウトガスが出てしまう事によって、プラスチックやゴムなどの材料そのものの性質が変化してしまうという問題もある。

 じゃあ可塑剤の入った素材を使わなきゃいいじゃんということになるのだけど、世の中そんなにうまくいかないもので、プラスチックやゴムはやっぱり便利な素材特性を持っている。
 そこでまず大切になってくるのが材料の選定。
 本当にそこにプラスチックやゴムを使うべきかどうか、使わなくていいところには、セラミックなどの他の素材を使うなどして回避し、本当に使うべきところに限ってはしっかり使うというメリハリを付けた利用をまず考えなきゃならない。
 また、発生してしまったアウトガスで機材などが影響を受けないように、ガスの出る部分と影響を受ける部分を最初から分離するというのも、衛星を設計していく中で重要なポイントになってくる。
 次は、実際に宇宙空間に出た時。かならずアウトガスが出てしまうのなら、最初から問題にならないように出してしまえという方法。衛星全体を温めて積極的にアウトガスを蒸発させ、衛星内から追い出すのだ。これは「ベーキング」と呼ばれて、直訳すれば「オーブンで焼く」という意味。「はやぶさ」や「はやぶさ2」でも、探査体内のガスを追い出すために行われている。
 ただしこの「ベーキング」という単語、衛星内のガスを追い出すという意味の他に、外惑星軌道などにいる極端な低温環境にある探査体を、動作可能範囲の温度まで温める保温作業に対しても使われるから要注意。また宇宙開発以外の分野でも使われることもある。
 
 この真空での揮発という問題は、コンタミ以外にも、回路に使われる電子部品の選び方にも影響を及ぼしてくる。
 一番めんどくさいのが、電解コンデンサが使えないという点。電解コンデンサは「電解」の名の通り、中に電解液が入っている。去年の本の電池の話で言及したように、真空中だとこの電解コンデンサが沸騰して揮発してしまい、使いものにならないのだ。動力に用いるような大きなバッテリなどであれば、厳密に密封した上で使えないこともないけど、様々な素子を組み合わせる電子回路の中で使えない。最近では、積層セラミックコンデンサなど、電解液を使わないで高性能なコンデンサも出てきてはいるのだけど、使用される温度環境で大きく性能が変わってしまったり、電圧の掛け方によっては容量が変化してしまったりして(特に高級オーディオ用としては殆ど使われない理由の一つ)、簡単に置き換えが出来るわけじゃない。場合によっては回路を最初から設計しなおさなければならない事もあったりして、とても難しかったり。

・重さがないのは大問題
 人工衛星や探査体はあたりまえだけど、宇宙を飛んでいる。宇宙を飛べるということは、重力がない……訳じゃないのだけど、事実上無重量状態と考えていい感じ。
 となると、衛星や探査体だけじゃなくて色々なものが飛べるということ。
 何が飛ぶかというとゴミが飛ぶ。
 すごい困る。
 人工衛星の製造時の写真を見たことがある人は少なく無いと思うのだけど、その写真でよくみんなしてクリーンルームの中で白い割烹着みたいなのを着て、帽子とマスクをかぶり、靴下のお化けみたいなのを履いてウロウロしているのは、体や服から出るゴミを何が何でも避けたいが為。
 もし万が一、衛星や探査体の中にゴミが入ったり、衛星の中でゴミが発生してしまうと大騒ぎになる。
 衛星や探査体の中は、宇宙に出てしまえばもちろんほぼ無重量。それまで「下」に落ちていたゴミがフワフワと浮いてくる。どこに触れるかわからない。すごい困る。
 様々な姿勢制御の時もまた困る。どこにすっ飛んでいくかわからない。可動部分の間に挟まるかもしれないし、どこかの電気系に挟まってショートするかもしれない。燃料系に引っかかったら……

 そんなわけで、ゴミが中に入る事は絶対に避けたいし、打ち上げ時の衝撃で衛星内部にゴミが出てしまうことも避けたい。もしゴミが衛星の中で出てしまっても、それがどこかに触れて問題が起きるのも避けたい。
 そこでまず行われるのが、コーティング。衛星内部を全部コーティングしてしまうことで、衝撃を受けても中にゴミが飛び散らないようにするのだ。このコーティングにはまた、衛星内部の温度を均一にするという役目も持っていたり。
 衛星に使われている部品そのものからゴミを出ないようにする試験もまた行われている。これはPIDN試験と呼ばれるもので、チップや回路に色々な振動や衝撃を与えて、「カラカラ」と音がするかを聞いて、内部にゴミがあるか、あるいは発生したかを確かめるもの。この試験にパスすれば、打ち上げ時の衝撃などで衛星内にゴミが出ない、または出ても影響が少ない可能性が高い、という事になったり。

・余計なものもあるわけで
 ここまで述べてきたように、宇宙空間には空気と重力が無く、これらが予想もしなかった問題を引き起こす事になるのだけど、逆に地上にはほとんど無くて、宇宙に行ったら豊富すぎて困るものもある。
 それは、宇宙線。宇宙「船」じゃなくて宇宙「線」。
 地球では分厚い大気層やら磁場に遮られて地上にはほとんど届かないのだけど、宇宙空間には大気がないから宇宙線は飛び放題。衛星や探査体に直接ガンガンとぶつかって来てくれる。
 じゃあ実際には宇宙にはどんな放射線があって、どんな風に影響が出てくるのか、というのを見てみよう。

 そもその宇宙線って何よ、って言うことになるのだけど、宇宙を飛び交う放射線のこと。
 放射線だったら、人間はともかく機械には影響ないんじゃないの?って思われるかもしれないけど、そんなことは全然ない。放射線に対しては、場合によっては機械は人間より脆かったりする。
 さてその宇宙線、大雑把に分けて3つある。
 一つ目は銀河宇宙線。なんだか鉄道路線みたいだけど、宇宙空間を飛び交う放射線の一つで、銀河宇宙の名前の通り四方八方あらゆるところからやって来る。その正体は、遠い星の超新星爆発や数多くの銀河系の中心にあるブラックホールなど、太陽系の外側からやって来る。数は少ないものの、ほとんどはヤケに重い粒子で、光の速度に近い速さで突っ込んでくるヘビー級の放射線。当たると痛い。
 2つ目は太陽粒子線。太陽風はプラズマだけど、こいつは太陽表面の爆発現象(フレア)などで吹き出てくる高エネルギーの粒子で、そのほとんどは陽子。太陽活動が活発なときにやってくる。割と速くて痛い。
 3つ目は捕捉粒子線と呼ばれるもの。太陽から出てきた太陽風やフレアなどに含まれる粒子が、地球の磁場に捕まったもので、ヴァン・アレン帯はその補足粒子線が集まった部分と言っていい感じで。ヴァン・アレン帯は内側(軌道の低い部分)に陽子が、外側(軌道の高い部分)に電子が詰まってて、人工衛星は軌道の高度によって、どっちか、もしくは両方の影響をうけることになる。あんま速くない。


 さて、これら三種類の宇宙線、衛星に与える影響も様々なのだけど、これも大雑把に分けると2つ。
 一方はシングルイベント効果(SEE)と呼ばれるもの。メチャクチャ高速な重い粒子が衛星内の電子回路を貫通していく時に発生するもので、半導体が壊れたり、壊れなくても誤動作したりする。
 もう一方はトータルドーズ効果(TID)変異損傷効果(DD)と呼ばれるもの。どちらも宇宙線が少しづつ電子回路やその素子の性能を劣化させていくもの。
 このうち、トータルドーズ効果は主に電気回路に問題を引き起こしていくけど、衛星内部の遮蔽をうまくやれば、ある程度は影響を軽減できる。けど、現状では影響を完全になくすほどの遮蔽はできないので、少しづつ劣化していく。
 変異損傷効果は、遮蔽することで影響を大きく軽減することができるので、衛星内部に影響をあたえることはあまりない。けど、この損傷は太陽電池パネルに引き起こされる。さすがに光に当てないと発電してくれない太陽電池パネルを遮蔽するわけにも行かないので、結果太陽電池パネルは必ず一定の割合で劣化していくことになる。

 前回の本でもとりあげた「はやぶさ」も、途中で遭遇した太陽フレアの影響でメモリエラーを起こしてプログラムなどを再送信する必要に迫られたり、太陽電池パネルが回復不能な劣化を引きおこし、特に電力を動力源とするイオンスラスタを搭載していたがために、最後まで電力不足に悩まされたのを覚えている人もいるかもしれない。

 このあたりの、どの宇宙線でどんな影響が起こるのかを図にまとめてみたり。



 で、こうした宇宙線の影響は高度によっても大きく変わってくる。
 低軌道と呼ばれる高度2000km以下の周回軌道では、ヴァン・アレン帯のうち、陽子の多い内側の部分の影響を受けやすい。国際宇宙ステーション(ISS)も、このあたり(高度400kmくらい)を回っている。
 中軌道は、高度2000kmから35786kmの静止軌道あたりまでの周回軌道。軌道の取り方でヴァン・アレン帯の内側外側両方の影響を受けることになる。
 静止軌道は、地球の磁気圏のギリギリに位置していて、銀河宇宙線や太陽粒子線の影響を強く受ける。
 静止軌道に向かう途中の静止トランスファ軌道が一番大変でヴァン・アレン帯を横切ることになって、この間割と強い宇宙線に晒され続けることになる。

 人工衛星や探査体は、その目的とする軌道やそこに「居る」(その軌道を撮り続ける)時間を考えて、宇宙線対策をしていかなきゃならないわけで。



 じゃあどんな対策してるのん?ってことになるのだけど、主に使われるのが「多重化」と呼ばれるもの。
 CPUだったら同じCPUをいくつも積んで、使ってたCPUが故障したら他のCPUに処理を移行させたり、CPUに同じ処理をさせて、その結果を多数決で決定して結果を出すみたいなことをしている(古くはNECのV60シリーズあたり既に実装されていた機能だけど)。
 メモリの方も、同じデータを何度も書いたり(データの多重化)、チェックサム(データの値を足し算するなどの一定の計算方法で答えを出して、その結果が合致していればデータは壊れていない、でなければデータが壊れていると判断する方法)をとったりして、宇宙線の影響を最小限に抑えられるよう工夫している。

 またCPUなどの電子部品そのものもサイクロトロンなどの放射線発生器などを使って劣化の具合を調べたり、その結果を元に劣化対策を施したりするおかげで、現在の最新のCPUと同等のものが宇宙用に使えるようになるまで、だいたい10年はかかる感じで。
 たとえば、2003年に打ち上げられた「はやぶさ」には、1994年に発売されたセガ・サターンに搭載されていたSH-2の強化型、SH-3が多重化されて搭載されている。宇宙はセガハードで溢れているのだろうか(溢れていません)
 
 ここまで人工衛星や探査体で使われる電子回路が宇宙で色々苦労する理由とか説明してきたけど、あらためて地球というのは色々恵まれた環境なんだなぁと思ったり。でも一旦宇宙に出てしまったら、どっちを向いても宇宙なわけで、これから使われる電子回路は、ますます宇宙で使われることが多くなるのは間違いない感じで。
 これからの進歩が待たれるところだったり。


 そんなわけで、その3に続くのです。

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